連載記事

【連載】氷山モデルでみる、人材育成に欠かせないスキルの見える化

連載「エンジニアを導く、新しい学びのロードマップ

2020年、IoTやAIの活用普及、そしてコロナ禍を経験し、新しい時代がやってきます。ITの開発現場は、曖昧な要望を具体化し、プログラミングして動かすことは変わっていません。しかし、Stay Homeだけでなく、コンピュータ性能の低コスト化とサービス化、そしてネットワークも含めた劇的な進化は止まりません。開発スタイルもこの進化に追従する為に、協調した作業を支援する方法論やツールが現場で実践されています。
この連載では、エンジニアの学び支援する方々(企業の教育部門や高等教育機関)へ向けて、未来をつくるエンジニアの学びについて情報を提供します。テクノロジーを使いこなせる人材を育成するために必要なモノ・コトは何かを考え、新しい潮流を踏まえて整理を試みます。


ソフトウェアやシステムを開発する技術者の仕事は多岐に渡ります。様々なタスクを遂行する中で技術者が必要とするスキルの定義は難しく、企業の現場では、このスキルが明確化されていないことが原因で、有効かつ効率的な人材育成ができていないことが多く見受けられます。
本記事では技術者を対象に、氷山のように見えない部分に潜む要素に留意しながら、確実に人材育成を進める方法を紹介します。

技術者のスキルに関する氷山モデル

下記の図にある「氷山モデル」は、フレームワークとしていろいろな領域で利用されています。氷山モデルとは、表面に見えている部分はほんの一部で、見えていない部分が大きいということを表しています。
今回は、技術者のスキルに関する氷山モデルを紹介します。氷山モデルを見てみると、業績や成果は「見える部分」に、モチベーションや適性・資質は「見えない部分」に定義されています。しかし、人によって、見えている部分と見えない部分の分岐点は様々で、スキルや行動特性は「見える部分」に定義される場合と「見えない部分」に定義される場合があります。

Icebergmodel.png「スキル」を数値化し評価するには

数値として見える「業績」や「成果」は、昨年度との比較などで改善効果を計測することができます。一方、スキルのような数値化できないものは評価基準や比較対象がない為に、改善が難しいと言われており、世界各国で見える化しようという動きがあります。
スキルは「知識」と「技能」の二つの領域に分けられます。「知識」は、記憶や応用を問うテストによって見える化できます。IT系であれば、国家資格である情報処理技術者試験や、団体やベンダが提供する資格試験などがあります。一方、「技能」の見える化は難しく、現在では知識や経験・実績をベースに判断する方法が行われています。今回はその中から二つご紹介します。

「iコンピテンシディクショナリ」(以降、iCD)
情報処理推進機構(IPA)が提供しています。担当業務の作業タスクを整理した「タスクディクショナリ」と、それを実現するのに必要なスキルを整理した「スキルディクショナリ」から構成されています。(連載1回目の記事参照)

「認定情報技術者制度」(CITP制度)
情報処理学会が提供しています。高度の専門知識と豊富な業務実績を有する情報技術者に「認定情報技術者」(CITP:Certified IT Professional)※1という資格を付与します。CITPはiCDの一定のレベル以上の技術者を認定しており、審査チームは申請された実績と面接によって技術者のレベル達成を判断します。

iCDでも高いレベルの人材に関して、知識よりも経験・実績を優先し、対象領域の社内コミュニティが判断し、評価することが行われています。この社内コミュニティには、対象領域において経験と実績を持つ人が参加し、レベル認定対象者の実績評価やインタビューなどによるスキル評価が行われます。

見えない部分を可視化するための着眼点

スキル以上に可視化が難しいのは「行動特性」「モチベーション」「適性」の三つです。この章ではこれらをどのように見える化をするか着眼点をお伝えします。

「行動特性」はコンピテンシーとも呼ばれ、行動や思考パターンなどが対象になります。ハイレベルな人材に共通する行動特性を知ることは、エントリーレベルからハイレベルまでのキャリアアップを効率的に実現するために有効です。自社におけるハイレベルな人材の行動や思考パターンをモニタリングし、プロファイルを作成し、行動や思考パターンを分析します。そして、その分析結果を組織の人材育成戦略に活用することが望まれます。

「モチベーション」は行動の原動力とも言え、高いモチベーションは行動に繋がり、成果を出すことができます。しかし、モチベーションの可視化は、口頭で「やる気があリます!」と伝えることで出来るものではありません。モチベーションを可視化する方法として、自分の「できること」、「やりたいこと」、「やらないとならないこと」という視点による重複度合いの把握や、内発的な興味関心、外発的な承認や報酬に関する満足度合いなどの書き出しがあります。これらのモチベーションに関して棚卸しする機会(社内一斉調査、ワークショップ)などを作り、具体的な事項を定義し、自分や組織が把握することがキャリアプラン作成で有効です。

「適性」は様々な職業にあると言われています。ソフトウェア開発におけるプログラマの場合、適正検査があります。検査では、計算や論理的思考などに関する問題を解きプログラマの適性を評価します。私も若かりし頃に二種類のプログラマ適性検査を受け、恥ずかしながら両方とも低い結果でした。その後、周りのプログラミングに長ける人たちを見ながら、適性検査の妥当性を感じたことがあります。しかし、システム開発を行う上でプログラミングは一部分の要素であり、段取り力や表現力、共感力、忍耐など他の要素も必要になることも実感しています。一概に、担当業務における適性の有無だけでなく、必要なスキルを明確にし、適性とスキルのマッチングを見極めることも重要となります。
このように見える化が難しい事項に関しても、着眼点を定義し、数値や具体的記述として見える化することが可能です。

見える化した情報は人材育成や人材活用で効果を発揮

スキルが見えるようになると企業は人事考課にも活用したくなりますが、慎重に取り組まないとなりません。企業活動においては、スキルや適性の有無でなく、成果を重視するべきだと考えます。しかし、成果には経済活動や顧客環境など色々な要因が影響してきます。一方で、スキルや適性は、成果を出すポテンシャルがあるとも言えますが、前回の記事で述べた通り、スキルを習得しても成果を出すまでには多くの壁が存在する事があります。そのため、人材育成に取り組み、社員の成長を考えるのであれば、人事考課としては成果とスキルや適性をバランスよく判断することが望まれます。また、成果とスキルや適性それぞれを見ることは、社員のモチベーションにも影響を与え、モチベーションの高まりは行動に繋がり、業務や学びの成果にも直結します。

スキルなど見えない部分を可視化することは、採用やチーム編成といった人材活用や人材育成で利用するときにも効果が期待できます。見える化することで、社員同士のコミュニケーションの精度を上げ、人材活用や人材育成に関する活動の精度やスピードを高めることに繋がります。感覚的で抽象的な情報によるコミュニケーションよりも、スキルや適性が数値化されたり、具体的事例・事象が存在したりすることで、相手や内容の理解が格段に上がります。その他、計画書を作成する際や面談をする際は、見える化された情報によって互いの認識のズレを最小限にすることができます。また、優秀な技術者を計画的に育成する際は、具体的に必要なスキルを定義し、成長状況をモニタリングすることが可能となります。
見えないものを見えるようにすることは、人材育成においては必要不可欠な作業ですので、いろいろと見える化にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

参考リンク

※1「認定情報技術者制度」(CITP制度) 


*連載「エンジニアを導く、新しい学びのロードマップ」の過去記事はこちら

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