国内外でSTEAM教育やプログラミング教育、エンジニア育成を目的としたロボットコンテスト(以下、ロボコン)が多数開催されています。参加対象者はロボコンによって小学生から大学生、エンジニアまでと幅広く、多くの方が実践的な学びの場として活用しています。中には、産学連携によるものづくり教育としてロボコンを実施したり産学連携チームで大会に出場したり、と企業と教育機関が一緒に取り組むケースも見受けられます。
本記事では、ロボットコンテスト運営側に着目し、産学官から構成される「ETロボコン東北地区実行委員会」の取り組みを紹介します。「ETロボコン」はエンジニアや大学生、高専生などを対象に、エンジニアの学びの場として多くの企業や教育機関に活用されているロボットコンテストです。今回は、ETロボコン東北地区実行委員会から産学官を代表した4名にご参加いただき、産学官が連携して活動するようになった背景や実行委員会の活動内容、ロボコン活動を越えたつながりを伺いました。
◆インタビュイー(五十音順)
・新井 義和氏(実行委員長/岩手県立大学ソフトウェア情報学部准教授)
・池田 聡氏(審査委員/日本精機株式会社)
・小野 和紀氏(運営委員長/岩手県商工労働観光部ものづくり自動車産業振興室)
・福原 拓充氏(事務局/同上)
産学官それぞれの強みを活かした組織づくり
教育効果を高める工夫が多くなされているETロボコンは、年間にわたる技術教育や試走会などの学びの場が催されます。そのため、技術や競技に関する知識はもちろん、長期間の運営体制も求められます。ETロボコン東北地区実行委員会は産学官それぞれの強みを活かした体制を組み、東北地区大会を企画・運営しています。企業(産)と大学、研究機関(学)は技術委員や審査委員を、行政(官)は運営委員と事務局を担当します。
実行委員長を務める新井氏は、実行委員会や東北地区全体の活動が円滑に進むよう全体統括を主に担当しています。池田氏は、過去にチームの一員として大会に参加したときのモデルの知識や出場経験を活かし、開発に使うモデルの審査委員を担っています。また、一関工業高等専門学校の学生とオープニングムービーを制作し、東北地区大会を盛り上げます。小野氏が長を務める運営委員は岩手県庁と盛岡市、滝沢市、民間企業等で構成され、事務局と共に地区大会運営に向けて活動しています。福原氏は事務局の一員として、本部や参加チームとのやり取りや会計、日程調整など地区大会が滞りなく開催されるように活動しています。
産学官が三位一体となって、エンジニア育成を目的としたロボットコンテストの企画運営を推進する背景には、岩手県内での人材育成に向けた活動と長い歴史がありました。
はじまりは展示会、きっかけは産学官のコンソーシアム
岩手県では、2005年頃から組み込み産業の振興に向けた取り組みが活性化されていました。背景に、岩手県立大学ソフトウェア情報学部の卒業生の人材定着や県内のものづくり産業の付加価値・生産性の向上、また全国的な組み込み技術者不足への備えがありました。当時から産学官による活動は盛んで、産学官の関係者による勉強会や個人同士のネットワーク構築を目的に、2006年から「いわて組込み技術研究会」の活動が始まりました。二年の活動を通して、参加者同士は顔の見える関係へと変化し、次のステップとして、地域のためになる活動を目指し2008年にいわて組込みシステムコンソーシアムが立ち上がりました。
同時期に、岩手県立大学は2006年のET展(組込み総合技術展、現在は「Edge Tech+」)に出展しました。その展示ブースが、ETロボコン主催の一般社団法人組込みシステム技術協会の方の目に留まり、北海道・東北地区大会の実現に向けて直接依頼を受けました。当時はETロボコンへの参加経験者はおらず、新井氏が実行委員を務めました。そのほかに実行委員長1名、事務局1名、計3名の少数精鋭で企画・運営し、2008年に第1回ETロボコン北海道・東北地区大会が岩手県立大学にて開催されました。取り組み自体の成果や評判が良かった一方、次年度以降の予算確保や少人数での事務業務、アクセスのよい会場確保など、継続する上での課題もありました。
そのような中、前述のコンソーシアムが大会継続のきっかけとなりました。第1回ETロボコン北海道・東北地区大会実行委員長を務め、コンソーシアムの会長だった岩手県立大学の曽我正和先生が、今後の大会実施についてコンソーシアムへ相談しました。コンソーシアム内でも、人材育成に向けた取組を検討していた時期と相重なって、自然と「このメンバーでやろう」という意見が出ました。その後はとんとん拍子で決まり、第2回(2009年)から産学官によるETロボコン北海道・東北地区大会(2010年以降、東北地区大会)が実現しました。
企画・運営が産学官の体制になった当初はコンソーシアムメンバーが中心となり、その後は世代交代や新たなメンバーも加わり、産学官での実行委員会が続いています。大学、研究機関(学)は、一関工業高等専門学校の参加や岩手県立大学内で参加していただける教員への声かけ、ETロボコンの参加経験がある岩手大学の参加、と実行委員会の輪が拡がっていきました。また、東北地区実行委員会には多くの企業(産)が携わっています。
ETロボコン東北地区実行委員会
ロボコン運営を越えた産学官の出会いや気づき
ETロボコン東北地区実行委員会での活動を通して、産学官それぞれの立場で出会いや気づきがありました。
池田氏は、行政(官)との交流が増え、学生とつながる機会や地域活動へ気軽に参加できるようになり、企業や企業の魅力を知ってもらえる機会に繋がっています。大学(学)とは、課外のモデルベース開発の実践講座を企画して技術者として登壇し、受講した学生と交流するなど学生との交流の機会も増えました。また、2019年には日本精機株式会社が岩手に事務所を構えるなど岩手や東北地区での活動も増えています。地域の企業とは、モデル審査員の経験からモデル相談を受けるなどETロボコンでの交流を深めたり、ETロボコンで出会った方と一緒に働くなどビジネスの場で繋がったりと、様々な活動に繋がっています。
福原氏は二年前から事務局として携わる中で、ETロボコンならではの雰囲気を感じています。これまで担当した行政主催の産学官のイベントでは、産学の方々に参加していただいているような気持ちがありました。ETロボコンでは、実行委員会の成り立ちもあり、一参画者として所属や役職にとらわれないフラットな関係や交流を持つことができています。これからは、ETロボコン以外でもこのような関係性をもった活動に取り組んでいきたいと話します。
東北地区大会の立ち上げから携わり使命感を持って取り組まれている新井氏は、企業や行政との交流を図ることで自身の視野が広くなったと感じています。産学官それぞれの強みを再認識し、行政の人と人をつなげる力や、企業の学生に対する親身な姿勢などに感銘を受けられました。また、実行委員会から派生して、ETロボコンのコミュニティを足掛かりに、産学官で小学生対象の「家族ロボット教室」を県内各地で開講しました。参加した県内の子どもたちの笑顔や、企業が学生や子どもたちのために活動してくれたことが印象深く残り、産学官での活動の重要性を実感したそうです。
これからも“使命感”をもって活動し続ける
最後に新井実行委員長に、これからの東北地区実行委員会への意気込みを伺いました。
「始めた当初の「使命感」をもって、産学官が一体となったこの体制をできる限り継続しながら活動を続けていきたいです。そのためにも、ETロボコンへの参加経験がある若い方々が実行委員会に参画し、世代交代を経て、より説得力のある実行委員会になっていければと思います。」