識者インタビューの第四回は、組込みソフトウェアの若手エンジニア育成を掲げるETロボコンの実行委員長、星光行氏です。(転載元:2014/9/19発行 アフレル通信 Vol.5)
ETロボコンは、組込みソフトウェアの技術を競う競技大会だ。参加チームは、同じ走行体(レゴ社の教育版レゴマインドストーム)で、決まったコースを走る。毎年開催されるこのコンテストの魅力と、ロボコンを通じた教育の在り方について、ETロボコン実行委員長の星 光行氏にお話を伺った。
ソフトウェア・モデリング技術教育のためのロボコン
ETロボコンは、その走行タイムだけでなく「ソフトウェアの内容がモデルで正しく表現されているか?」「機能を実現するための構成・方法が十分に検討されているか?」といった、分析・設計モデルの品質も審査対象になり、総合的なソフトウェア技術の腕が問われる。
「世の中には色々なロボコンがありますが、私たちは”教育のため”のロボコンであるという事を徹底しています。ETロボコンの前身であるUMLロボコンが始まったきっかけが『日本にモデリング技術を普及させるため』だったからです」
そのため、ただの競技会では終わらない。大会前に、制御要素技術やモデリングの基礎を教える講習会が開催される。競技会後は審査員によるワークショップが行われ、さらに懇親会に続く。このように、参加者が学ぶための仕組みが非常に練られているのだ。
「今では300名を超える実行委員の多くが、ETロボコンの”卒業生”です。ロボコンを通じて経験を積んだ方が、続く人たちの教育にまわるという、良い循環ができていると思います」
発想のブレークスルー
運営側が思いも寄らなかった発想や、新たな技が出て来るのも、大会の魅力の一つだ。
「去年優勝したチームも圧倒的な走りを見せました。通常は、コースのラインをトレースするのですが、彼らはそれに、コースを地図データ化した情報のみで走るマップ走行を融合させたのです。ある所で、ラインを追わずにショートカットして走っていったのです」(※去年とは2013年のこと)
どこからその発想が生まれたのだろう。優勝チームの答えは、意外なものだった。
「もともとは、コースアウトした時いかに早く戻れるか、リカバリの研究をずっとしていたそうです。それが研究を重ねるうちに『いっそのこと、コースを外れて走ってもいいよね』と、彼らは発想を逆転させたのです。これが見事な走りに繋がりました」
プロと学生が同じ土俵に!交流の場としてのロボコン
参加者の割合は、企業と学生がおよそ半々だそうだ。プログラミングに初めて触れる学生と、プロフェッショナルの社会人が同じ土俵に立つというユニークな場所である。
「学生にとって勉強になるだけでなく、企業の方々にとっても、優秀な学生と出会うきっかけ作りになっています。ETロボコンを通じて会社を知り、就職を決めたという学生が、結構いるのですよ。それから、学生の時にコンテストに出て、会社に入ってからまた参加する人もいます。そういう人が増えると、嬉しいですね」
“技術教育”を越えて
去年の大会からは「アーキテクト部門」を設立した。この部門には、大きな意図が込められている。
「ETロボコンは、”モデル教育”を目的にスタートした大会ですが、近年、『これだけでは世界に通用しないのでは?』と考えるようになったのです。かつてウォークマンを作った日本が、なぜiPodを作れなかったのでしょうか? 技術そのものの有無ではなく、技術の”使い方”に差が生まれてしまったのだと思います。技術だけでは新しいものは作れない、ということです」
アーキテクト部門は、競技時間中になんらかのパフォーマンスを披露し、参加者はマイクを持ってプレゼンをする。審査員は会場の観客だ。技術ではなく、結果をスゴイと思わせるかどうかが評価の分かれ目になる。
「特に日本の技術者は、プレゼンテーションがあまり上手ではありません。ですが、良いものを作るためには、例えば、会社の上司を説得するための提案ができるかどうか、という事が重要になってきます」
さらに今年から、デベロッパー部門が「プライマリークラス」と「アドバンスクラス」に分割され、初心者が参加しやすいクラスがはじまる。こうして、ETロボコンに入門して技術を学び、切磋琢磨して鍛え、新しいものを生み出すという一連の流れが誕生した。(※今年=2014年)
「将来的には、国際大会も見据えています。とはいえ、競技会だけなら現地に運営を任せればいいのですが、モデル審査やワークショップをするためには、審査員が本格的に英語を学ばなくてはなりません。それから、使用するキットも、各国の購買力の差を考慮する必要があります。越えるべき課題は多いですが、世界と競い合えるように、準備をはじめているところです」
インタビュー後記
13年目を迎えるETロボコン。当社メンバーは立ち上げから参画し、2002年の第1回からずっと企画運営を担当しています。現在では全国11の地区にて企業、大学、学校、行政、各団体に所属する300名を超えるボランティアベースの実行委員が参画し、またIPA(独立行政法人情報処理推進機構)や各地域の経済産業局のご支援もあり、まさに産学官連携による人材育成活動の場となっています。
競争社会で日々揉まれる企業チームが参加の半数を占めることもあり、チーム間の競い合いが厳しい中、”ETロボコンは教育です”と、星さん、私を含め、実行委員は強く表現しています。新技術や開発手法、また新しい学習内容へのチャレンジとして活用されることを念頭に運営されています。参加チームが協力して勉強会を開催したり、共同で技術相談会やテスト走行会を開催したり、エンジニアと学生が同じテーマ・同じ土俵で競い合いながら協力して学ぶ”希有な存在”であると言えるでしょう。
「5年後、15年後に活躍するエンジニアを育成しよう」がETロボコンのテーマです。スタートから10年経過した3年前、「ETロボコンの次の10年はどうあるべきか」を合宿にて検討し将来を見据えることにしました。2020年東京オリンピックの頃には、ETロボコンを経験したエンジニアが各方面で多く活躍していることを期待しています。我々はまた次の10年に向けてどこかで合宿していることでしょう。その時にはみなさんの中からも参画されていることを期待し、楽しみにしています。
(ETロボコン本部運営委員長/株式会社アフレル 代表取締役社長 小林靖英)