世界の産業用ロボットの販売台数は2013年から2017年の5年間で2倍に増加しており、今後も年平均14%ずつ増える見込みとなっています。これは人手不足によって、今までロボットが活用されていた製造工程はもちろん、これまでロボットを活用していなかった分野(ホテルや商業施設、介護等のサービス業、他)で導入が進められていることが原因の1つです。このことから経済産業省は、教育機関においてロボット設計・導入に関わる人材育成を急務として捉えています。※1
そうした専門人材育成にあたり、教育機関がロボットアームの導入を検討する際に、まず候補に挙がるのは、産業用の大型ロボットアームです。
確かに産業用の大型ロボットアームであれば、軸(ジョイント)も多く、高性能であるため、細かな作業や複雑な動き等、多くのことが出来ます。
しかし
・高価な機械となるため、複数台導入することは難しい
・設置されている台数が限られており、手軽に使用できない
・安全柵を設置しなければならない場合、広いスペースが必要になる
といったデメリットもあり、導入へのハードルは高いと感じる方も多くいます。
そうした中で、今、教育機関では卓上サイズの小型ロボットアームが注目されています。
小型ロボットアームは、大型ロボットアームに比べて機能に制限はあるものの、
・比較的安価なため、予算内で複数台導入が可能
・特別な安全対策が必要ないため、学生が自由に触って学習や研究を進められる
・小型なので実習室はもちろん、教室や屋外など、ロボットアームを使いたい場所へ持ち運べる
・大型ロボットアームと比べて操作が簡単なので、学生がやりたいことを自分の手で実現出来る
といったメリットがあります。
小型・低価格といった小型ロボットアームならではの利点だけでなく、学生への教育的効果の高さにも価値を感じ、小型ロボットアームを導入する教育機関が最近増えつつあります。
そこで本記事では「大学や高等専門学校で小型ロボットアームがどのように活用されているか」について4つの活用事例を紹介します。
【早稲田大学×ロボットアーム×ゼミ内ロボコン】
話し手:早稲田大学 創造理工学部 総合機械工学科 岩田研究室 修士2年 関根海様
毎年、研究室に所属する3年生の授業として、自作したロボットアームでのロボットコンテスト(ロボコン)を実施しています。
2020年度は「時間内により多くのオブジェクトを棚に並べる」という競技内容で行う予定でしたが、コロナ禍で学生は大学へ通学出来ず、 ロボットアームの製作時間を十分に確保出来ませんでした。そこで今回は製作時間短縮をねらい、アームの先に取り付けるハンドのみを製作し、既存の小型ロボットアームに取り付けることにしました。
プログラミングはC言語やPython等、それぞれの学生が使いやすい言語を使用しました。中にはPython初心者の学生もいましたが、テキストを参考にプログラムを作っていきました。
ロボットアームを自作するとなると、毎年アーム自体の機構製作についつい時間をかけてしまい、肝心のプログラム製作にかける時間が減ってしまっていたのですが、2020年度は既存の小型ロボットアームを用いることで、自作ハンドの機構製作とプログラム製作のどちらにもバランスよく取り組むことが出来ました。
普段3年生はロボットアームを自由に使える機会があまりないため、今回のロボコンを通して各々が好きにロボットアームを触る、とても楽しそうな様子が印象的でした。
また実際に研究室で行われている研究ではロボットアームを一から製作せず、ベースとなる既存ロボットアームにハンドやセンサーを付け加えたものを使うことが多いことから、「アームの先に取り付けるハンドのみを製作し、既存の小型ロボットアームに取り付ける」という今回のロボコンは、今後の研究活動に近い形の実用的な学びになりました。
【愛媛大学×ロボットアーム×順運動学・逆運動学講義】
話し手:愛媛大学 社会共創学部 産業イノベーション学科 山本智規教授
順運動学・逆運動学の授業の中で小型ロボットアームを活用し、理論の計算結果と実際のロボットアームの動きを比較するというロボット工学実験を行いました。
3年生は2コマ(3時間)の中で順運動学・逆運動学に関する講義を受けた後2~3人のグループとなり、与えられた課題に沿ってPythonでプログラミングを行い、小型ロボットアームを動かしました。そして動作させた小型ロボットアームの関節の角度などを実際に計測し、順運動学・逆運動学の計算上の数値とずれがないか検証しました。
このように実際に小型ロボットアームを動かすプログラムを作成して実験することで「プログラミング結果と理論値に差異があるかどうか」が目に見えて分かる点が良いところだと思っています。
また学生はプログラミング経験の有無に関わらず「自分が作ったプログラムで実際のロボットが動く」という経験をする機会があまりありません。そのため今回のような実験を通して、自分のプログラムでロボットアームが動く様子を体験することで「実際のロボットアームはどう動くのか」というイメージを持てるので、今後の学びや研究にも役立てることが出来るようになると思います。
今回実施した授業では「順運動学・逆運動学への理解が深まった」「実際にロボットアームを動かす経験が出来た」といった教育的効果がありましたので、今後も小型ロボットアームを活用しプログラムでロボットが実際に動くことを体感できるような授業を行う予定です。
【愛媛大学×ロボットアーム×情報倫理研究】
話し手:愛媛大学 社会共創学部 産業マネジメント学科 折戸洋子准教授
サイボーグ技術の一つであるBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)を利用する際の有用性や社会的・倫理的課題の検討を目的とした研究を行っています。
BMIとは、人間の脳とコンピュータ機器をつなぐインターフェースであり、これを用いることで人間の脳波からコンピュータ機器を操作したり、人間の脳に刺激を与えたりすることができます。このBMIを、例えばゲーミングやマーケティングに活用することや、手足を動かすことが困難な方が脳波を用いてコンピュータを操作したり、意思を伝えたりすることができるといった利点があります。しかしその一方で、脳波を読み取ることに関する個人情報保護の問題や、機会均等、個人の尊厳、アイデンティティへの影響等、検討するべき倫理的課題もあります。
この研究では、右の図のように、実験として被験者の頭に非侵襲の着脱可能な小型のBMI装置を装着してもらい、計測した被験者の脳波によって小型のロボットアームを動かす作業(サイボーグ技術利用の疑似体験)を行ってもらいます。その作業の前後や作業中に「どのようなBMIの適用例が望ましいと思うか?」「何が利用上の不安になるか?」等のインタビュー調査を行いました。サイボーグ技術に関する意識調査では、通常アンケートやインタビュー調査のみを実施をすることが多いため、今回のように小型ロボットアームを実際に使用してインタビュー調査を行う研究は国内外でもあまり前例がない、珍しい実験です。
BMIと小型ロボットアームを用いて被験者にインタビュー調査を行うと、従来のアンケートやインタビュー調査のみの結果と比べて、明らかに、現在の日常生活や仕事の延長線上の問題として、具体的なサイボーグ機器の適用可能性や倫理的な問題点を捉えた回答が増えました。やはり、実際に自分の脳波でロボットを動かす経験をすることで「自分の脳波のデータを取られることに対してどう思いましたか?」といった、日常生活で想像しづらい質問に対して、より身近に、実感を持ってその有用性や倫理的な課題の発生を考えることが出来たのではないかと思います。
今回の実験は、コロナ禍ということもあり、ソーシャルディスタンスを確保しながら、2020年度までに学生や専門家を含む7名の被験者の方にご協力いただきました。今後は自分の意思で体を動かせない方などを含めて、より多くの方に被験者になっていただきながら実験を行い、この研究課題への考察を深めたいと考えています。
なお、上記の実験・研究は愛媛大学医学部臨床研究倫理審査専門委員会の承認を受け、愛媛大学社会共創学部 山本智規先生、崔英靖先生、明治大学商学部 村田潔先生、福田康典先生、北海道医療大学歯学部・全学教育推進センター 礒部太一先生、早稲田大学教育・総合科学学術院 堀正士先生とともに実施したものです。また、本研究は、日立財団倉田奨励金 採択課題「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の倫理的課題:人間はどこまでサイボーグになれるのか?」)、明治大学国際共同研究(Ⅱ型)「サイボーグ倫理:人間の機械化に関する国際比較研究」の研究助成の支援を受けて実施されました。
参考文献
村田潔・折戸洋子(編著)(2021)『情報倫理入門 ― ICT社会におけるウェルビーイングの探求 ―』 ミネルヴァ書房.
折戸洋子、村田潔、鈴木静(2020) 「福祉分野におけるBMIの可能性と倫理的課題 ― 障がい者の利用を目指したサイコキネシス実験等に基づく考察 ―」 日本社会福祉学会 第68回秋季大会 E-poster報告.
Orito, Y.,Yamamoto, T., Sai, H., Murata, K., Fukuta, Y., Isobe, T. & Hori, M. (2020) “The ethical aspects of a “Psychokinesis machine”: An experimental survey on the use of a Brain-Machine Interface” in Arias-Oliva, M. et al. eds Societal Challenges in the Smart Society Ethicomp book series (pp.81-91). Universidad de La Rioja.
【岐阜工業高等専門学校×ロボットアーム×AI・画像認識】
話し手:岐阜工業高等専門学校 機械工学科 山田実教授
画像認識と小型ロボットアームを組み合わせて、イベントや授業で活用しています。
① イベント(ワークショップ、オープンキャンパス)での活用
Raspberry Pi(シングルボードコンピュータ)を接続し、人間と三目並べを対戦する小型ロボットアームのプログラムを製作しました。
配置された駒の位置をカメラで画像認識し、人工知能で決めた駒の位置へアームを動作させるプログラムとなっており、「通常引き分けになることが多いが、人間がミスをしたら勝てる。負けることはまずない。」という無敗のロボットアームになりました。
「ロボット、人工知能、画像処理の3要素が含まれるデモ機を作りたい」と、将棋の電王戦(コンピュータ対人間の将棋の対局)から着想し、「三目並べをするロボットアームはデモ機としてインパクトがあり、面白いのでは?」と考えたのが、この三目並べプログラム製作のきっかけです。
その後、三目並べロボットは岐阜工業高等専門学校のオープンキャンパスや、関市まちづくり大学連携事業の一環として実施されている古民家を拠点としたワークショップ「ロボット研究所」で展示しました。オープンキャンパスでは朝から夕方までずっと稼働するほど、訪れた方々に大人気でした。
② 研究室の基礎ゼミでの活用
研究室配属前の4年生に対して、小型ロボットアームでトランプをピッキングするという画像認識を用いた授業を半年間行いました。
学生は小型ロボットアームが動いただけで「お!」と感動していました。学校の施設でロボットアーム実習は行っているのですが、授業の中で教えられた通りに操作する程度のものであるため、あまり感動は生まれていません。やはり、学生がロボットアームに直接触れて自分で動かすことが出来ると、感動が生まれ、興味関心に繋がるようで「もっとこのように動かしたい」というアイディアが学生たちから自然に生まれていました。
今後は授業の中で小型ロボットアームをデモ機として活用することや、画像処理と人工知能を組み合わせた三目並べ以外の面白いデモの開発に取り組む予定です。
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参考リンク
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