今回の識者インタビューは、世界に知られる「Ruby」開発者のまつもとゆきひろ氏です。(転載元:2014/12/17発行 アフレル通信 Vol.6)
プログラミングという”自由さ”
まつもと氏がプログラミングについて語るとき、その根底にいつも流れているのは”楽しさ”である。
「私たちは普通、なにかのソフトウェアを経由してコンピューターを使っています。でもその機能は、そのソフトが提供する範囲、そのソフトを作った人が許している範囲内に限られているんです」
たとえば文章作成ソフトを使うとき、メニューに載っている機能を選ぶ他に選択肢は無い。
「仕事で求められることができればそれで良し、という考えは当然あると思いますが、自分のできることを他人に決められるのは、私はなんだか許せないんです。プログラミングができれば、制約はゼロではないにせよ、ぐっと下がります。プログラミングの楽しさというのは、自分がやりたいことを、自由にコンピューターに命令できることだと思います。発想によって、いくらでも工夫できるわけです」
Programmer’s Best Friend
まつもと氏が開発したプログラミング言語”Ruby”のキャッチフレーズは”Programmer’s Best Friend(プログラマの親友)”だ。
「プログラミングで何でもできると言っても、自分の頭の中でやりたいって思っていることと、実際にコンピューターに伝えることのギャップって、かなり大きいんですよね。レゴ マインドストームを例にすると、円を描くように走って欲しいとき、『モーターのステップが何度で~』といちいち記述するのではなく、『円を描くように走れ』と書けば動いて欲しいわけです。だからRubyは、目配せで通じ合う親友のように、プログラマの意図をくみ取ってくれるような言語であって欲しいと思い、開発しました。私が満足できるバランスであればそれで良しと思っていましたが、それが世界中の多くのプログラマにとっても、心地良いものだったようです」
自分のアイデアを実現可能な社会に
これからの社会において、プログラミングスキルはどんな意義を持つようになっていくだろうか。ソフトウェア開発自体のかたちが変わってきていると、まつもと氏は話す。
「20年前の開発でしたら、納期と予算をきちんと守って、リスクを取らずに決められたことをきちんと開発できるのがプロの技でした。でも、そのやり方で開発できるソフトウェアは、もうだいたい出来上がってしまったんです。今やらなければならないことの多くは、『未来のことはわからないけど頑張る』『行き先は分からないけど歩いて行く』というプロ的でないやり方、いわば”素人”の開発です。そういうソフトウェアの割合がどんどん増えています。
その背景には、ソフトウェア開発に関する敷居が下がった事が大きい。Rubyのような言語が生まれたことはもちろん、クラウドを利用する事で、パソコン一台あれば始めることができるようになったのだ。
「専門的に学んだわけではなくとも、発想と実行力のある人、自分のアイデアで世の中を変えたいと思う人が、ソフトウェアを開発できるようになったんです。未来は、誰でも自分のアイデアが実現可能になるかもしれません。ただし、その社会は、具現化できる人と、そうでない人の差が広がる社会でもあります」
Rubyによる”まちづくり”
まつもと氏が住む島根県松江市では、行政、大学、IT業界が連携して、Rubyによる産業振興に取り組んでいる。そんな松江市の”Ruby熱”はどうなっているのだろうか。
「イベントがいろいろな場所で開催され、メディアに取り上げられるので、道を歩くおじさんやおばさんが、『Rubyというものがあるらしい』と認知してもらっていますね。ある企業がWebページを作るのにあたって、ITの専門家でないのに『Rubyでできるのか?』と尋ねたりするなど、発注側が言語を選ぶという面白い現象も起きています」
松江市はプログラミング教育にも熱心であり、各地でRuby教室が開催されている。来年度からは、中学校の授業でRuby教育がはじまるそうだ。こうしたプログラミング教育の一部には、レゴ マインドストームも活用されている。
「ものが実際に動くことに興味を持つ人は、私の思っているよりも、はるかに多いようです。新モデルのEV3は素晴らしいですね。メモリが増えたことで、なんの制約もなくRubyを載せられることができます。私が使うとしたら……ペットの監視をさせようかな。玄関で犬を飼っているのですが、時々暴れ出すんです。犬が悪さをしたら警報を発する、ペットの躾用マインドストームなんてどうでしょう(笑)」
インタビュー後記
先日、LEGO本社に行きました。教育版レゴ マインドストームの開発者との会議にて「マインドストームをいろんな言語で動かせると楽しいぜ。Rubyはどうだい」とこちらから煽ってみたところ「もちろんRubyは知っている。」とのエンジニアからの応答でした。LEGO本社の会議室で日本人の私とフランス人、デンマーク人の開発者にて、世界中で使われ世界中から愛されている「LEGO」「マインドストーム」そして「Ruby」を確認し合ったひとときでした。
「未来のことはわからないけど頑張る」というまつもとさんの表現は素晴らしいなぁというのが今回のお話で強く感じた部分です。答えは一つではない、答えは自分でつくりだしていかないといけない。そんな状況を迎えている今、”未来に向かって進む””先は見えなくても歩いていく”ということは教育、事業、いろんな場面で益々重要に、そして常に実践していくべきものだと思い直したインタビューでした。LEGO本社はデンマークのビルンという小さい町(人口5千人程度)にあります。まつもとさんが暮らす松江、アフレル本社がある福井も大都市からは離れた地方の町です。自分でつくり、自分のアイディアで世の中を変えていく、そんな若者がこうした小さな町からも育っていくことを期待します。そうした若者が活躍できる環境をつくれるように私たちも”頑張ろう”と思います。
(株式会社アフレル 代表取締役社長 小林 靖英)