識者インタビュー

【識者インタビュー】ロボコン博士の想う教育とは

識者インタビューの第一回は「ロボコン博士」として広く知られる森政弘先生(東京工業大学 名誉教授)でした。(転載元:2013/3/8発行 アフレル通信 Vol.3)

ロボコンの始まり

「“単一乾電池1本で、人間を乗せて走るものをつくろう”、これをテーマに授業を始めたんです」

なぜ、そんなことを始めようと思ったのか、お伺いした。「学生の目がトロンとしていてこれはイカンと。学生の目の輝きを取り戻したいと考えたんです」 1981年、森先生が東京工業大学教授54歳の時、これがロボコンの始まりである。「ロボコンは手を使う。座学ではなく、手を汚す。学生たちは夢中になって手を使いました」

森先生の取り組みを知り、NHKが番組制作の相談を持ちかけてきたそうだ。 「これは面白いぞ!と思いました。NHKでよくやっていたクイズ番組は正解が一つ。しかしロボコンは知識ではなく、知恵がいります」 東工大とMIT(マサチューセッツ工科大学)で一緒にやろうと進めたが、MITでの承認手続きが難がく、日本だけでやることになった。こうして1988年、NHK高専ロボコンが誕生。歴史ある高専ロボコンは、今年26回目を迎える。

そうであって、そうでないものになる

「ロボコンは”競技”であるので、だんだんと「勝つこと」が目的となったり「勝つために」といったことも見られます。」
森先生はそうした状況を見つめて、ロボコンへの取り組み、運営に注文をつけている。
ロボコンであって、ロボコンでないもの…
「勝つためにやることは、いけないことではない。ただ、勝つことだけにこだわると、良いモノは出来なくなります。ロボコンは競技だからおもしろいという面がある。人は競技でなくなるとやらない、しかし競技にすると勝つためやる。一つに囚われると、最後は二つに対立する。」
そうであってそうでないもの。人であって人でないのが仏であると、仏教の研究を40年以上続ける森先生は語る。

「高専ロボコンでは、ロボコンの精神に合致し一番あそんだモノが優勝よりも上位のロボコン大賞になる。ロボコンに一人だけのヒーローはいらない。みんなでやるものなのです。」

モノが教えてくれる

科学技術の進歩、エンジニアの在り方、教育についてお伺いした。
「技術の革新は“見えない化”に繋がっていく。そして、見えないものはつまらないものになる。だから退歩で一度ご破算にしてしまう必要があるんです。」
「エンジニアリングが進歩したことにより、エンジニアが育たなくなってしまった。これでは、本末転倒です。」
ソフトとハードの違いについて考えてみようと、森先生がマジックとライターを取り出した。「この油性マジックをソフト面から捉えると、書くためのものとなります。ほら、文字や画を書くことができます。」 「しかし、いいですか」と言って、油性マジックの先にライターで火をつけた。ビックリ、ロウソクのように燃え始めた。
「マジックをハード面から捉えると、油分の中に芯がある物体であり、アルコールランプと同じようなものでもあります。 捉え方によってモノはいろいろな見え方になる。それはモノ、材料が教えてくれます。」
モノが人に教えてくれる、と森先生は続ける。青森県・八戸三中のロボコンの記録を見せてくれた。生徒たちのロボコンへの取り組みと、生徒たちの感想文がいっぱいだ。「ロボコンをやっていくと、トイレのドアを静かにしめるようになる。以前は蹴っ飛ばしていたのに、モノが壊れることを知り、ハードの仕組みを知ることで、生徒らはモノを大事にするようになる。そう、気づくのです。」 大事なことは気づくことなのだ。

『僕は物を絶対に粗末にしたりできないだろう。今しきりに環境問題がさけばれているが、もし全人類がロボコンのように素晴らしいことを体験し、何かに気づいたとしたら、自分ではなく他人やすべての物にも思いやりが持てるようになると思う。(こころの名言集 感想文引用)』 15歳の少年はきっと気づいたのだろう。

「我を持たずに高みに行くことは、容易ではない。我を出すなと言っても抑えられるものではないからです。 だから、我は出るだけ出させる。結局はまとまらず、そして勝てないことを知るのです。」

これからのモノづくり教育

どんどん便利になり、子ども時代にモノをつくる機会が少なくなっている今日、これからの技術者の育成はどうやっていくとよいかをお伺いした。

「手を使う。自分でモノを削らないと分からないことが多い。例えば、ドイツには立方体を作る為だけの塾があります。ひたすら真っ直ぐになるように削る。 1つの立方体を完成させるのに、数か月かかる。生徒は大変さを知り、最後にはとてもいいモノが出来ます。」「体験が必要です。我々は、そういう場・機会を提供していかなければならないと思います。」

森先生は、最後にこう教えてくれた。「平凡な教師は、ただしゃべる。少しましな教師は、分からせようと努める。もっとましな教師は、自らやってみせる。一番すぐれた教師は、生徒の心に火を点ける。心に火が点けば、あとは自然とうまくいくものです。」ロボコンは、“心に火をつけるきっかけ作りの場”なのである。そんな熱い想いをお持ちの森先生は、御年86歳になられても、ロボコンのテーマ決めに、毎年苦心していらっしゃるそうだ。

森政弘 先生 プロフィール

東京工業大学名誉教授 日本における自動制御、ロボット工学の第一人者 ロボコン博士という別名を持つ。 昭和2年2月12日生まれ。 仏教、禅などにも造詣が深く、 ヒットセラーに『「非まじめ」のすすめ』などの著書がある。

インタビュー後記

以前、あるシンポジウムで森先生が「技道」という言葉についてお話されていたのが強烈に印象的でした。それは私にとってロボコンをやる上で見えない道を探す灯りとなっています。その森先生にお話を伺う機会をいただけ、大感激でした。 とにかく熱意があって、それを優しく伝えてくださるのが先生です。次から次へと出てくる話題に、ついていくのが精一杯でしたが、お話しを続けていく中で、私自身の考えが広がったり深まったり悩んだりと、創造的でとても楽しい時間でした。
「モノは神がつくったもので無限の深みがある。ソフトウェアは重要だけれども人間がつくったものであるから注意しなければいけない。」 ソフト屋の私に、またひとつ灯りをいただきました。 インタビュー終了後、森先生に「楽しかったよ」とおっしゃっていただけたことが何よりです。ありがとうございました。
株式会社アフレル 代表取締役社長 小林 靖英

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