Preferredと日立、最先端AI研究に「レゴ ブロック」のロボットを使う理由

本記事は、2016/12/19公開のマイナビニュースに掲載されたものを転載しています。

Preferred Networksの自動運転技術

人工知能(AI)の応用が急激に広がっている。AIがたくさんの写真から「猫」を見分けられるようになったのは2012年のこと。今春には人工知能「AlphaGo」が、囲碁で世界トップクラスの棋士に勝利するなど注目が著しい。こうしたAIは、金融や小売り・映画製作に至るまで、あらゆる分野で利活用が始まっている。人間が決めたルール無しでは動けなかったコンピューターが、大量のデータを処理できる装置と、強化学習やディープラーニングといった学習技術を得て、自ら目標に向かって試行錯誤できるようになり、一気に実用レベルへの進化を遂げたのだ。

こんな説明を聞くと、SF映画のような遠い世界だけで事が進められているように感じるかもしれない。しかし、産業界の最先端研究で用いられていたのは、子ども時代に親しんだ「レゴ ブロック」を使ったロボットだった。

Preferred Networksは、トヨタ自動車やファナックといった大手企業とともに、AIの産業への応用を進めている、日本を代表するベンチャー企業だ。

同社が研究しているプロジェクトの一つに「自動運転」がある。車間距離を保ってコースをなめらかに走り、信号のない交差点でも上手にわたる。急に車が現れたときも慌てずに一時停止して、通りすぎてから発進する。複数台のモデルカーが走行しながらこうした方法を学んでいく自動運転技術が、CESやCEATECといった国内外の展示会で披露された。はじめて実機テストした際は、まったくのゼロからわずか1時間程の学習で走り回れるようになったという。

この実験のプロトタイプとして初期モデルカーに使われたのが、LEGO社が開発した高度なコンピューター制御に対応した教育用のロボット作成キット「教育版レゴ マインドストーム EV3(以下、マインドストーム)」だ。日本ではアフレルが正規販売代理店となっている。

Preferred Networksでチーフアーキテクトを務める奥田遼介氏は、マインドストームを採用した当時を振り返り次のように話す。

「車が走るデモをやりたいと考えたとき、思い出したのがマインドストームでした。学生時代にETロボコンに参加したことがあって、ロボットの専門家でなくてもキットを買えばいろんなことができる、という印象が残っていたんです。実際、ハード・ソフト面ともに自由度が高く、壊れても代用パーツがすぐ手に入るので、非常に実験がしやすかったです」(奥田氏)

また同社は、ドローンが障害物を避けつつ目標に到達する「空の自動運転技術」にも挑戦している。リサーチャーの松元叡一氏は、次のように語った。

「こうした人工知能の分野は、AIへの“教え方”にこそノウハウが必要です。どういうときに報酬を与え、どういうときに罰を与えるのか。自動車の場合、ぶつかったときのペナルティを大きくしたら、まったく動かなくなってしまったことがありました。わかりにくいカリキュラムを与えると、学習に時間がかかってしまうわけです。空の場合は物理現象の影響が大きいので難易度が高いのですが、マインドストームを使った実世界での教え方がベースになっています」(松元氏)

他にも、同社がファナックと共同開発していた、AIが物体をつかむ方法を自ら学習する「バラ積み部品取り出しシステム」はすでに実用段階に来ており、2017年からサービスの提供が始まる。人工知能の学習速度も、産業への応用速度も、想像をはるかに超えて早いのがおわかりいただけるだろう。

日立製作所の人工知能技術「Hitachi AI Technology/H」

カシャ、カシャ、カシャとモーター音を響かせながら、人型のロボットが鉄棒にぶら下がり、両足をじたばたさせている。少しずつ動きが洗練され、振り子運動の幅が大きくなり、やがて、体操選手が大技を仕掛ける直前のような迫力になる。

日立製作所の中央研究所には、レゴ ブロックでできたロボットが集まる「秘密基地」がある。いまAIに与えられたのは、「鉄棒ロボットの振りが大きくなるように漕ぎ方を工夫しなさい」という目標だけ。いつ、どんなタイミングで何をすればいいのか、振りの大きさをセンサーで検出しながら試行錯誤してコツを身に付けていく。同じAIをブランコのロボットに適用すれば、こちらもぎこちない動きから、やがて「前向きと後ろ向きのそれぞれの振りが大きくなったところで屈伸する」というコツを習得し、ダイナミックなスイングを実現する。

興味深いのは、それぞれのロボットの形や性能、重心がどこにあるのかといった事前知識はまったく与えていない点だ。ひとつのAIが異なる未知のシステムに対して、「振りを大きくせよ」という目標に向かって学習を進めている。日立製作所の人工知能技術「Hitachi AI Technology/H(以下、H)」の大きな特徴は、その汎用性にある。

「日立製作所はエレベーターからタービン、金融システムに鉄道、家電まで幅広く提供している総合電機メーカーです。特定のものだけに使える技術ではなく、コーポレート全体の売り上げ10兆円を成長させるようなテクノロジーを開発することが、研究開発グループのミッションです。汎用性がなければ日立には意味がありません」と、同社 理事 研究開発グループ技師長 兼 人工知能ラボラトリ長 博士(工学)の 矢野和男氏は話す。

13年前からビッグデータを活用するために開発が進められてきたHは、すでに14の分野、57案件で活躍している。コールセンターでは「休憩時間にみんなでもっとおしゃべりすること」という解答を導き出し、受注率を27%向上させたという。また、毎日何千件と出荷する物流倉庫の業務においては、集品のスケジューリングをすることにより、作業効率が8%向上しているそうだ。

マインドストームによる鉄棒やブランコのロボット実験は、こうしたHの機械制御分野での汎用性をさらに高めるために行われた第一歩だ。では、なぜマインドストームを選んだのだろうか。その理由について、同社 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員 博士(工学)の松本高斉氏は次のように語る。

「最初はマインドストームではなく、アルミなどでブランコロボットを作ることも考えていました。しかし、例えばブランコの長さを変えて実験する場合などにおいて、加工の手間がかかるアルミよりも、ブロックの継ぎ足し等で対応可能なマインドストームが手軽に思えたので、マインドストームを用いてロボットを作ることにしました。実験によっては、強度など、足りない部分はもちろんありますが、その場で手軽に作り替えられる点は、原理確認の簡単な実験を手早く行うのに適していると思います」(松本氏)

また、年に500回は人工知能の講演をするという矢野氏は、こんな魅力も説明する。

「マインドストームを使ったデモをお見せするようになったのは去年の秋からなのですが、聴講者への伝わり方がまるで違います。それまでは、AIが学習するという概念を説明したり、業務の改善事例を紹介しても、ピンときていない様子だったのですが、マインドストームがこぐブランコを見せた瞬間に、『ああ、こういうことが起きるのか。じゃあうちのシステムに導入したらどうなるのだろう』と、イマジネーションが沸き起こるんです。もう目の光が違います。動きが少しぎこちない分、けなげに見える点もよかったかもしれません」(矢野氏)

AIがこれまでのソフトウェアと根本的に違うのは、違うデータを入れたら違うロジックになるという点だ。会社によって事業内容や経営資源、制約や文化は異なるため、似ている問題を解こうとしても、違う答えが出てくる。生物が環境に合わせて進化していく過程で多様性が生まれたように、AIは経済社会にわくわくするような多様性をつくる仕組みなのかもしれない。

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