国によって差はあるものの、工学分野における女性比率の低さは世界的な課題となっています。日本では小学校でプログラミング教育が必修化される中で、女子のプログラミング教育について悩む声も聞こえてきます。今回は、女性技術者・研究者の支援や理工系学部の女子学生の割合増加に取り組む芝浦工業大学デザイン工学部の野田夏子教授に取材し、変わりつつある女性技術者・研究者の現状や工学分野において女性比率が低い理由、また大学での取り組みについてお話を伺いました
大学進学率が上昇する中、依然として低い工学部の女子比率
文部科学省の学校基本調査によると、ここ数年日本の大学進学率は増加傾向にあります。一つの要因と言われているのが、女子の進学率向上です。しかし、女子の進学者数は学部によって大きな差があることをご存知でしょうか。
令和元年度の学校基本調査※1では、大学在学者に占める学部別女子学生の割合が示されています(下のグラフを参照)。2019年時点(令和元年)、全学部における女子学生は45.4%と半分近い割合です。しかし、工学部に焦点を当てるとその比率は15.4%と、全学部における女子学生の割合を大きく下回っています。そして、こうした状況は1985年以降、ずっと続いています。
出典:「令和元年度学校基本調査(確定値)の公表について」(文部科学省)P11より
(https://www.mext.go.jp/content/20191220-mxt_chousa01-000003400_1.pdf)
また、工学分野において女性比率が低いのは大学だけではありません。総務省が2019年に発表した科学技術研究調査※2では、2019年時点で工学分野の女性研究者は男女合わせた全体の約6%という数字が明らかになっています。
工学部において女子学生が少ない理由とは
こうした現状を変えようと取り組みを続けている方がいらっしゃいます。芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科の野田夏子教授は、理工系学部の女子学生の割合増加に取り組む傍ら、2018年からテクノロジー分野で活躍する女性技術者・研究者の支援を行うWIE(Women in Engineeringの略。IEEE※3内のグループの一つ)の日本国内の組織 Japan Council WIE※4の会長を務めていらっしゃいます。工学分野で女性が少ない理由についてお話を伺いました。
一つの理由として、工学分野は女性が生涯に渡って働き続けることは難しいというイメージが定着している点を挙げました。女性は男性より結婚や妊娠等、様々な要因でライフスタイルが変化しやすい傾向にあります。したがって、自分の母親や周囲の女性から「復職しても働けるような資格を持つように」と言われる機会も多いと言います。例えば、女子学生が就職に有利な資格を取得できる薬学部に多いのはそういった理由からではないかと野田教授は指摘しました。一方、工学部はと言うと「一生のキャリア形成を思い描くのは難しいのではないか」と野田教授は言います。現状、工学分野の職場は男性が多く、管理職にも女性が少ないことから女子の選択肢から外れやすいそうです。
その他の理由として、野田教授は女性は幼少期に工学と接触する機会が少ない点を挙げました。男の子はロボットのおもちゃやテレビゲーム(コンピュータゲーム)を通し、自然と工学に触れることが多くなる一方、女の子向けのおもちゃや遊びに工学の要素は目立たず、母娘や友達との会話で話題に上る機会も少なくなると言います。その結果、「馴染みが無い工学分野は進路の選択肢に入りにくい」そうです。
産業界では女性技術者を求める声も。工学分野に押し寄せるダイバーシティの波
WIEでの活動を通して現場をよく知る野田教授に、昔と今の工学分野における変化について伺ってみました。野田教授は「依然として女性比率は低いですが、最近は若い世代の女性技術者や研究者の意識や環境に変化が見られる」と言います。「一昔前まで女性が少なくて大変という声が多かったのですが、最近の若い女性技術者や研究者からは、特に女性だからということで困ってはいない、という声も聞くようになりました。少しずつですがロールモデルも増えてきて、色々な働き方を選択できるようになったのが理由だと思います。」と教えてくださいました。
男性が多いという現状に変わりはないものの、女性の技術者や研究者が働きやすくなったのは、産業界でダイバーシティという考え方が普及してきたことが大きな後押しになっているようです。昨今は日本の上場企業を始めとして、女性の積極登用を経営課題に掲げる企業が増えています。国内外問わず様々な企業の方にお会いする野田教授も「女性の技術者や研究者が欲しい」という声をよく耳にするようになったそうです。
野田教授はこうした状況を受けて、女性技術者や研究者の育成の必要性を感じていると言いますが、「目指すのは女性限定のネットワークを作ることではない」と強調します。「WIEで目指しているのは『偏りを無くす』ということです。私自身そうですが、男性だけの環境だと女性は緊張状態に入り、言いたいことを自由に発言しにくいと感じることがあります。偏りをなくし全員が働きやすい環境を作ることで沢山のアイディアが生まれ、工学の世界は今よりも活発化すると考えています。WIEにはこの考えに賛同して一緒に活動する男性の方々も多くいらっしゃいます」。
「工学女子を育てよう!」芝浦工業大学発のプロジェクト
野田教授が在籍される芝浦工業大学では、2015年度から教授を含む3名の女性教員がメンバーとなって女子学生を対象にしたものづくり教育やリーダーシップ能力養成に取り組んでいます。
同校では、女子学生が少数派であることは彼女らの今後のキャリア形成にも影響を及ぼす場合があると考えられています。例えば、男子学生が多数の環境では、女子学生が陰に隠れてしまったり、リーダーシップを発揮しにくくなったりする場合があります。さらに教員の多くが男性であると、女子学生がロールモデルを見つける機会も少なくなります。産業界でリーダーシップを発揮できる女性の技術者や研究者が求められているという現状を踏まえ、同校は女子学生の育成・連携強化を始めたと言います。
「最初に企画したのは、在籍する女子学生向けの講習会やワークショップでした。しかし、単位を取得できるわけでも、部活で優勝できるわけでもない。忙しい学生に『参加したい』と思ってもらえるほどのメリットを提示できませんでした。色々と検討しているうちに、女子学生たちの『教えることにやりがいを感じる』という声に出会い、それをインセンティブにしようと考え、今の形になりました。」
学生のインセンティブを中心に考えられた「工学女子を育てよう!プロジェクト」は、地域の女子小中学生を大学のキャンパスに招待し、女子学生が主体となってロボットプログラミングを使ったワークショップを実施するものです。プログラミングのワークショップというと男の子の姿が目立ちますが、同校のワークショップは企画・運営から参加者まで、女子限定で行われます。プロジェクトのスタート時は、女性教員のアドバイスの下で行われていましたが、今では学生らが企画から運営までのほぼ全てを担うと言います。野田教授は、プロジェクトを続けていく中で「自分が身に付けた技術で何かに貢献する」という経験が女子学生の喜びに繋がっている感触を得たそうです。また、「彼女たちの生き生きとした姿は参加した女子生徒たちの良いロールモデルになっている。」と教授は述べました。
レゴ®マインドストーム®EV3を使った女子限定のワークショップ
現在は小学校高学年から中学校の女子を参加対象にワークショップを行なっているそうです。対象をこの年齢層にした理由について「まだ向き不向きを自覚する前の段階でロボットやプログラミングに触れて面白いと思ってもらえば、進路選択の一つに挙がると思いました。」と野田教授。参加する女子生徒のほとんどはロボットプログラミングの初心者です。しかし、アンケートでは「楽しかった」との声が多く、「自分が作ったものが動く嬉しさや楽しさを提供できているから」と野田教授は言います。
さらに嬉しい副次的効果として、参加者の保護者にも工学の一端を知ってもらえる機会になっているそうです。「小学生、中学生ですから、お母様が送り迎えをされることも多いのですが、成果発表の時に我が子の作品を見て、驚かれています。親御様も文系出身の方だと、プログラムを作りロボットを動かす、という過程を見る機会はなかなかなく、母娘に工学を身近に感じてもらう機会を提供できることが嬉しいです。」と振り返られました。
女子生徒向けにプログラミング教育やワークショップを開催してきたご経験をふまえ、ワークショップを企画する際の三つのポイントを野田教授に教えて頂きました。教授は、女子生徒が力を発揮しやすい場作りが大事になるとまとめてくださいました。
「真実を知りたい」という好奇心を大切に
最後に、野田教授からこれから進路選択を迎える女子中高生にメッセージをいただきました。「この世界は楽しいことが沢山あります。まずは文系理系を気にせず、『真実を知りたい』という好奇心や興味を大切にし、追求してほしいです。そして、そういった人が増えて、いつかお仕事の場で会えたら嬉しいです。」
野田夏子 教授
芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科
大学院理工学研究科修士課程電気電子情報工学専攻/大学院理工学研究科博士課程機能制御システム専攻
関連リンク
※1文部科学省「令和元年度学校基本調査(確定値)の公表について」
※2総務省「平成30年科学技術研究調査結果の概要」
※3IEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.)https://jp.ieee.org/
※4Japan Council WIE https://www.ieee-jp.org/japancouncil/affinitygroup/WIE/jp/index_j.html
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